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A bientot 今でもふと、何かの拍子に あなたを思い出します。 一緒に出かけた時のことや 遊んでもらった時のこと。 あなたはいつも賑やかで 美しいひとでした。 でも何故だか思い出すのは いつも決まって 最後に会った時のこと。 随分久しぶりに会って お互いに少し照れくさくて 他人行儀な挨拶をして 他愛もない近況報告を短く交わして じゃあまたねって言って、別れました。 「じゃあ、またね」 と、確かに言ったのです。 すぐにまた会えると あの時は疑いもしませんでした。 次に会った時 あなたはもう、ひとりで別の世界へ旅立ってしまった後でした。 あの時私の前に居たのは、あなたの抜け殻でした。 またねって言い合ってから 季節は一つしか動いていなかった。 今でもまだ、時々不思議に思うのです。 あのお別れの時間と、今の私のこの時間とは ほんとうに繋がっているものなのかと。 だって、この世界のどこにも、もうあなたがいないだなんて どうして信じられるでしょう。 「あなたがいなくなって淋しい」 あなたを思い出すと、いつもそこへ辿り着いて 涙を流す日もありました。 ほろほろ、さびしい。 ほろほろ、さびしい。 ほろほろ、ほろほろ。 あいたい。 朝が来て、夜が来て 夏が過ぎ、秋が過ぎ、冬の次は、また春。 時はただ、流れるだけ。 誰にも平等に、容赦なく無情でありながら、優しく。 そうして、今は 何故だか哀しいばかりでもないのです。 あなたに会えなくて淋しい。 それは真実ですが でも今は 何故だか決まって 嬉しい時や楽しい時に、あなたを思い出すような気がします。 それは私を哀しい気持ちへと導くのではなく あなたがいた日々を、楽しかったと思える点で 喜ばしいことだと思えるようになりました。 あなたはここから居なくなったのではなく 少しだけ先の時間に行ってしまっただけのこと。 だから、また きっと、 また必ず逢えるのです。 いつか、また。 その時、あなたは昔のように 冗談交じりの憎まれ口をききながら、私の頭を撫でてくれるのでしょうか。 私は子供のように笑いながら、悪態をついて返事を返すのでしょうか。 それは自然で必然で。 約束でなく誓いでなく。 私たちは、また逢える。 いつか、また。 きっと。 『じゃあ、またね』
【大切な人を失った時、本当に哀しいのはその人が死んだ時じゃないの。 |